- 2025.6.10
- はまだ代謝内科
- 投稿者:院長 濱田洋司
私のクリニックの名称にも入っている「代謝」という言葉は、生命体の中で物質がさまざまに変化していく様子の総称です。
たとえば、私たちが食べた一切れのパンは、体内でさまざまな物質に姿を変えていき、体の材料となったり、エネルギーを生み出したり、あるいは老廃物として捨てられたりするわけです。
私たちの体が利用可能な物質(栄養素)は、必ず代謝というプロセスを通過しますが、その仕組みはとても複雑です。パンに含まれる栄養素の割合と、食べる人の体の状態によって、代謝のパターンはまったく異なります。
たとえば、食パン、菓子パン、調理パンなどの違いだけでなく、食べる人が空腹なのか満腹なのか、痩せているか太っているか、糖尿病や高脂血症の有無、心身のストレスの強さ、腸内細菌の状態など、実に多彩な条件が「パンの運命=代謝の行方」を左右するのです。
さらに、それぞれの栄養素自体が体に働きかけて代謝を変えることもあります。たとえば、甘いものばかりを食べていると、それに適応するように酵素の活性が変わり、体全体の代謝の流れが変化します。このように、栄養素と体は互いに相手を調節するという「相互作用」の関係にあります。
このように、無数の要因が互いに影響し合って構築されているシステムを「複雑系」と呼びます。この高度な調節機能のおかげで、私たちは外界の変化に対応しながら命を保つことができているのです。
自然もまた「複雑系」
実は、私たちを取り巻く自然もまったく同じ構造を持っています。自然界に存在するさまざまな要素が、複雑な相互関係を築きながら世界のバランスを保っています。そこに無駄な存在はひとつもなく、全体として強固な恒常性を維持しているのです。
その自然のバランスを壊しかねない強力な要因が、人類であると言われています。近年では、人類が排出する温室効果ガスによる「地球破滅説」が政治をも動かすテーマとなっています。
一方で、地球は長期的にはむしろ寒冷化に向かっているという学説もあります。実は、「温暖化」よりも、「身近な自然破壊の積み重ね」のほうがはるかに恐ろしいかもしれません。
昆虫カタストロフィー
「昆虫カタストロフィー」という言葉をご存じでしょうか。これは、世界中で昆虫の減少が急速に進んでおり、人類滅亡の引き金になりかねないという警鐘です。
昆虫は人類よりはるかに数が多く、植物の受粉、分解、土壌の生成、他の生物へのエネルギー供給など、自然界の循環において不可欠な存在です。
自然界を人体に例えるならば、昆虫は主要な代謝物質であり、同時に酵素でもあります。もし昆虫が劇的に減ってしまったら、世界の代謝(循環)は止まり、植物も動物も生きていけなくなるでしょう。
社会もまた「複雑系」
さてもうひとつ、複雑な相互関係で成り立っているものがあります。それが私たちの「社会」です。
一人ひとりの直接的なつながりは限られていても、間接的な関係は無限大に広がっています。
「バタフライエフェクト」という言葉を耳にされたことがあるかもしれません。もともとは気象学の例えで、「一匹の蝶の羽ばたきが、遠くで竜巻を起こす要因になる」というもの。転じて、「わずかな違いがシステム全体に大きな影響を及ぼす」という意味で使われています。
たとえば、こんな話
あなたが道で転んだとします。たまたま通りかかった女子高生が、あなたを助けてくれました。立ち止まった彼女は、その3分後に本来なら車に轢かれていたはずだった運命を回避し、大学に進学します。そこで出会った男性と結婚し、環境問題に取り組む会社を起業。30年後、その会社は世界的企業となり、地球環境の保全に貢献する——。
こんな話が本当に起こるかはわかりませんが、大なり小なり、あなたは無意識のうちに社会に影響を与えているはずなのです。そして同時に、見ず知らずの無数の人々から間接的に影響を受けています。
このような無限の相互関係のなかで私たちは生きています。だからこそ生命や自然と同じく、社会にも「無意味な存在」はないのだと思うのです。
そして我が家の猫も…
ところで、いま私の目の前では、我が家の猫たちが爆睡しています。一見、何の役にも立たない無為徒食の存在のように見える彼らも、もしかすると、私が気づかないところで世界を少しずつ動かしているのかもしれませんね。
(エスエル医療グループニュースNo.166 2024.4)
