- 2025.5.22
- こんどう女性クリニック
- 投稿者:院長 近藤育代
もう2年近くコロナ禍が続いています。この原稿を書いている2021年10月中旬、やっと第5波が落ち着いてきましたが、第6波はどうなっているでしょうか。コロナ専用病室を増やすためにプレハブ病棟も建てられましたが、プレハブといえば私の思い出は「プレハブ教室」。あの頃(1970年前後)は児童数も多かったものです。
そして現在、子どもの数はどんどん減少する一方で、不妊治療によって生まれる赤ちゃんの数は増え続けています。9月には「2019年の体外受精児が、その年に生まれた赤ちゃんの約14人に1人に相当する」と発表されました。2000年には119万人だった新生児数が2019年には86万人へと減少。その一方で体外受精児は1.2万人から6万人へと増加し、全体に占める割合は約20年で1%から7%にまで増えました。
先立つもののお話
前総理が掲げた目玉政策の一つに「不妊治療の保険適用化」がありました。体外受精1回に約50万円かかると言われると、「何とかしなければ」と思うものですが、実際には以前から「特定不妊治療費助成事業」という助成制度が存在していました。
内容は自治体ごとに若干異なり、年収制限などもありましたが、名古屋市では令和3年1月から女性の年齢が43歳未満であれば制限はなくなりました。ざっくり言えば、1回の体外受精につき30万円、1人出産するまでに最大6回のトライが可能で、出産後には再度リセットされるという、かなり太っ腹な制度です(年齢制限が絡むと少し複雑になります)。
もちろん、窓口で高額を支払った後に自分で申請しなければならない点で、初めから3割負担で済む保険診療とは比較になりません。
ただ、この「特定不妊治療費助成事業」は年間約300億円が国の税金から支出されています。一方で保険適用となれば、支払元は私たちが資金を出し合っている「社会医療保険」へと変わります。つまり、国の補助が終了し、保険診療が肩代わりするかたちです。
その結果、助成金による自由な診療から、「標準的な治療」に限定される保険診療へと切り替わってしまう可能性があります。年々進化する体外受精にとって、それが“足かせ”にならないかを心配している医療者も多いのが現状です。
明るい展開のお話
昔、体外受精が軌道に乗り始めた頃、男性不妊のカップルのご主人に「精子なんて一匹いればいいじゃないか!なんで妊娠しないんだ!」と逆ギレされて閉口したことがありました。でも今では、本当に精子1個でも受精できる時代になっています(もちろん無理なこともありますが)。
同様に、卵子の凍結保存も可能になりました。卵子は精子よりもずっと大きな細胞で、以前は凍結が困難でしたが、技術の進歩によって若いうちに卵子を保存しておくことも現実になっています。
ただし、卵子を採取するには排卵誘発剤を使って卵胞を育て、卵巣に針を刺して取り出すというプロセスが必要で、簡単ではありません。そこまでしてリスクの高い高齢妊娠・出産を“作ってしまう”のは本末転倒ではないか……と、産婦人科医としては頭の痛いところでもあります。
がん生殖という新たな展開
そんな中、新たな展開として注目されているのが「がん生殖」です。これは、がん治療後の妊娠をサポートする医療分野です。
抗がん剤や放射線による治療は、生殖機能に大きなダメージを与える可能性があります。しかし、命を助けるためには仕方がないと長く考えられてきました。
けれど、若い世代のがんが治ったあと、その人が結婚や妊娠を望んだときに、「妊娠は不可能」とわかるのは大問題です。そこで体外受精の技術を活用し、がん治療に入る前に元気な卵子や精子を保存しておこうという取り組みが始まっています。
この「精子・卵子保存」のシステムは「がん患者妊よう性温存治療費助成事業」として支援体制も整ってきました。しかし、がんと診断されてすぐに治療を始めたい患者さんや、その主治医にとっては、将来の妊娠まで考える余裕がないことも多く、まだ十分には普及していません。
治療開始までの短い時間で複数の卵子を採取するには、がんの診断と同時に動き出す必要があります。また、こうした突然の要請に応えられる体外受精チームのマンパワーの強化も不可欠です。
最後に
体外受精の技術の先には、「クローン人間」や「デザイナーズベビー」(受精卵の遺伝子を操作して望む子どもを“作る”)といったSFのような話も見え隠れします。しかしその一方で、「がん生殖」のような地道で現実的な医療分野も着実に広がっています。
一見無関係に見えるがん治療と生殖医療が手を取り合うこの新しい領域は、非常に素晴らしい発展だと、しみじみと感じています。
(※なお、この記事は当院の診療とは関係ありませんので、念のため申し添えます)
(エスエル医療グループニュースNo.159 2021年12月)

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