友達だけど美味しそう



彼が突然我が家にやってきたのは、晩秋の早朝だった。

庭でキュンキュンと妙な音がするので覗いてみると、茶色の塊がもぞもぞ動いている。
捕まえてみると手のひらに乗るほどの子犬だった。
後からわかったことだが、庭に入り込んできた野良犬の親子のうち、要領の悪い雄犬が一匹取り残されたようだった。

家には当時すでに犬がいたが、これも何かの縁だと思って飼うことにした。
迷い込んで来た日が 29 日だったので、「フク」と名付けた。

フクはものおじしない性格で、嫌がる先輩犬にまとわりつき、やがて無理やり寝床に入り込んで一緒に寝るようになった。
先輩犬が老衰で死んでからは、彼は人間のベッドに進出した。
2才のころには中型犬に成長していたので、人間の方が小さくなって寝るはめになった。

活発なフクに異変が起きたのは9才を過ぎたころである。

だんだん毛が抜けて寝ていることが多くなった。獣医に相談したが、原因はよくわからないという。
老化現象かとあきらめていたとき、主治医が若い先生に代わった。
初めての診察の日、彼は一目フクを見て、一度甲状腺を調べましょうと言った。
甲状腺は私の専門領域である。
まさかと思ったが、数日後、彼から電話があった。
採血の結果は甲状腺機能低下症だった。
私は自らの不明を恥じた。

そんなフクの晩年には、思わぬ展開が待っていた。
年をとって同居を始めた私の母が、家に寄り付いた3匹の野良猫の親子を飼いたいと言い出したのである。

私は母の寂しさを紛らせるのにちょうどいいと思い、母のいる離れで猫の親子を飼うことにした。

しかし何分高齢である。
自分では世話ができず、妻が面倒を見始めた。

動物というのは敏感なもので、実際に世話をしてくれる人になつく。
猫たちはやがて離れには居つかなくなり、我が家に入り込むようになった。

犬は一般的に猫が嫌いである。
先輩犬は気が強くて決して野良猫を庭に入れなかった。

フクも最初は猫たちを拒否していたが、もともとおとなしい性格で平和主義者である。
猫たちは彼と仲良くすると自分達が住みやすくなると思ったのか、だんだんと距離を詰めていき、やがて入れ替わり立ち代わりニャアニャアと体を擦りつけるようになった。
腐っても犬である、猫にそういう態度をとられては犬の沽券はあったものではない。
心中察するに余りあるが、時すでに遅し、猫どもは家中に進出してやりたい放題、傍若無人のふるまいである。
中には寝ているフクの上で丸くなっていびきをかく奴までいる。

そうして1年も経つと、彼らが一緒にいることがごく自然な景色になった。
くっついて寝ている姿を眺めていると、お互いに結構幸せそうである。

そんな彼らの様子を見ていて、「嵐の夜に」というアニメ映画を思い出した。
10 年くらい前だったと思うが、狼と羊の友情を描いた作品で、「友達だけど美味しそう」というキャッチコピーが刺激的だった。
当時は本能を超えた友情などメルヘンにすぎないと思っていたが、フクと猫たちを見ていると、ありうるかもしれないという気になってくる。

ネットでは、猫と鳥、犬と猿など、天敵と言われている動物たちが仲良く暮らす様子が数多くアップされている。
飢える心配がない状況では、種を超えた共存は案外簡単なのかもしれない。

翻って人の世を眺めてみると、世界は毎日、大小の争いで溢れている。
たとえ民族が違っても遺伝子にほとんど差がない同じ種なのに、人間同士の共存はことのほか難しいとみえる。

他の生き物と違って、人間は欲張りで足るを知らない。
そして自分で作り出した知識という怪物に振り回されている。
その眼は我欲と偏見の塵で覆われていて、本当に大切なものを映し出すことができないのだろう。

「嵐の夜に」で主人公2匹が出会うのは、相手の姿が見えない真っ暗な洞窟の中である。
人間が濁った眼を閉じて余計な物を見ず、互いの心を感じることができれば、人の世も少しは平和になるのではなかろうか。

(エスエル医療グループニュース No.154 2020年4月)

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