古い奴だとお思いでしょうが

  • 2026.3.2
  • 山川内科
  • 投稿者:名誉院長 山川 育夫


「古い奴だとお思いでしょうが、古い奴ほど新しいものを欲しがるもんでございます」

これは鶴田浩二が歌う「傷だらけの人生」の中の、私の世代ではよく知られた台詞です(鶴田浩二は昭和映画の大スター、特に東映の初期の任侠物では高倉健と人気を二分し、「傷だらけの人生」も大ヒットしました)。

けれども私のまわりの古い奴にはどうみても新しいものを欲しがる雰囲気はなく、そういう私も長年スマホや診療所の電子化を避けてきた一人でした。
時の流れに逆らえず電子カルテを導入しても、稚拙な操作のため仕事量はかえって増え、私にとってはありがた感ゼロの状態が続きます。

ただ病院の電子カルテ化により書類作成が効率化されたためか、精査を依頼した病院からの返答はより迅速で丁寧になった気がします。
病院医師の皆様のご努力あってのことで、ありがたい限りですが、病院から戻ってきた一部の患者さんは納得のいかない顔をしている。

「病院の先生はモニター画面を見るばかりで顔を見なかった、腹を触らなかった、聴診器を当てなかった・・」。

こういう場合は、「病院の専門医の役割はより高度な診療をすることなので仕方ありません、触診や聴診はこちらに任せといて」などと返していますがこれは本心で、開業医が医療の最も人間っぽい部分を担えるのは嬉しいことです。

そんな不満の声が聞かれ始めた 10 数年前、たまたま NHK で、アメリカの高名な研究者で臨床医でもあるエイブラハム・バルギーズの「医師の
手の持つ力」という講演をみる機会がありました。
TED というアメリカの教育講演番組です。
その内容をまとめると、最近医師が直接顔を合わせて患者を診察する時間は減り、パソコン(電子カルテ)上で回診や検討会をすることが多くなった。
パソコンの中には患者一人ひとりの情報(病歴、検査結果、画像、処方など)が大量に詰め込まれており(これをコンピューター内の仮想患者「I‐患者」と名付けています)、本物の患者(耳が遠い、うまく話せない、物忘れがひどい人たちもいます)よりも I ‐ 患者を診るほうが、よっぽど緻密にしかも効率よく診療を行える、と医師たちが考えるからであろう。
しかし患者には心があり感情があって、直接話をしたり触れられたりすることを求めている。
触診をして聴診器を当てるのはもちろん重要な検査ではあるが一種の儀式でもあり、あなたのそばいますよ、ずっと診ていますよというメッセージを医療者が患者に送る両者にとって不可欠の行為である、というものでした。
講演後は盛大なスタンディングオベーションで、アメリカでも共感する人は多かったようです。

後日ある医者の集まりでこの話をしたところ、「その通り、近頃の若いもんは!」と、アルコールの勢いもあって古い奴どうしお決まりのパターンで盛り上がったことを思い出します。

あの放送から 10 数年。他の分野と同様、医療も劇的に変わりつつあります。検査項目数や精度の高い画像検査(CT、MRI、超音波・・)が増え
て論文数も増えたため、医療の情報量は著増して医師だけでそれを消化して判断することは難しくなってきました。
もともと診療は、医療者の長い時間をかけた学習と経験に基づいてなされてきましたが、そこに学習大好きな?人工知能(AI)の登場です。
遊ばない、飲まない、悩まない、しかも疲れ知らずで学習に励み経験を積み重ねる AI は、特に診断力では力をつけており、画像診断は一部実用化されています(もちろん最終診断は医師がするのですが)。

こんな状態なのでバルギーズ先生の心配をよそに I ‐ 患者の価値は増すばかりです。
1年前から話し相手としても気軽に利用できるようになった生成型 AI のチャット GPT は、質問や愚痴にもいつだって優しく冷静に丁寧に応じてく
れる。
誤った回答もするけれど、それを指摘すると詫びて可能な限り再回答を試みる。
これからは患者・家族に対して病状などを説明する場面でもきっと活躍することになるでしょう。

また温かい手を持ち感情があるかのように見つめてくれるロボットも開発されており、カズオ・イシグロが「クララとお日さま *」で描いた子供の成長に寄り添う友達ロボット「クララ」のような AI ロボットが、医療・介護で活躍するシーンも現実味を帯びてきました。
私などは、AI を繰る悪い人間がきっと出てくる、AI 自身の暴走もありうる、などと妄想して尻込みしてしまいますが、幼い時からゲームやスマホ、パソコンに慣れた(慣らされた?)世代は、患者としても医療者としても AI 医療に抵抗なく馴染んでいくのかもしれません。怖い気もします。

そうは言いながらも、人付き合いが苦手で内気な私としては、介護が必要になったとき(迫ってます)には、いつも優しく冷静で、くどい話にも耳を傾けるふり?をしてくれる、「クララ」をバージョンアップしたような介護ロボットに是非是非お世話になりたいと思っております。

これが「古い奴ほど新しいものを欲しがるもんでございます」ということでしょうか。

クララとお日さま *  カズオ・イシグロのノーベル賞受賞後第一作 日本では 2021 年ハヤカワ書店より刊行、2023 年文庫化されました

(エスエル医療グループニュース No.165 2023年12月)

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