- 2026.6.8
- 山川内科
- 投稿者:名誉院長 山川 育夫
読む気が失せるようなタイトルで恐縮ですが、呼吸器の分野が得意、と謳っている私の診療所では、大半の患者さんが咳と痰を訴えて受診されます。痰は、肺や気管支に入り込んだほこりや細菌、体内から出た不要物などをからめとるいわば洗浄液で、それを体外へ吹き飛ばすのが咳。
どちらも呼吸がきちんと出来るよう肺をきれいに保つのに役立っているのですが、長く続けば苦しくてつらいものです。
私自身も咳が出るほうで、のどが裂け肋骨が折れて内臓が飛び出しそうな咳や、詰まって窒息しそうな痰を経験してきました。
元気なのに咳と痰がひどくて仕事が出来ない、食事が摂れない、眠れないなどのつらさはもちろん、厄介なのは周りへの気兼ねもあることです。
咳のためにコンサートに行けなかった、電車やバスを途中で降りてしまった、などの経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
患者さんに入院を勧めても、咳で他の患者さんに迷惑をかけては申し訳ないからと固辞されることさえあります。
咳と痰の原因のほとんどは、肺、気管支、のどなど呼吸器系の異常ですが、他の臓器の異常や精神的な問題が原因となることもあります。
いずれにしても長引く場合は重大な病気が潜んでいる可能性があり、原因をしっかり調べなければなりません。
診療の基本は、問診、聴診、レントゲン検査で、まずすべきことは、肺がん、肺炎、結核の有無の確認です。
肺がんは今でも治療の難しいがんとはいえ、早期発見による根治例は確実に増えています。
肺炎は体力の落ちた高齢者にとっては最も怖い病気ですが、本来健常な人が罹った場合は、ほとんどが外来治療でも治るようになりました。
結核も治る病気ですが、発見が遅れれば周りへの感染拡大が起こり社会問題に発展することもあります。
というわけでこれらの病気はとにかく早く診断する必要があります。
気管支喘息や、アレルギーが原因で出る咳と痰には、吸入や内服治療が奏効することが多く、空調、加湿器、喫煙、薬物など外的要因が大きい場合にはその対策をするだけでも改善が期待できます。
その一方で、診断がついても治療法のない呼吸器疾患も残念ながら数多くあり、症状を和らげる工夫をしながら上手に付き合っていただくしかあ
りません。
そして手強いけれどもしばしば遭遇するのが、何らかの感染後に続く咳と痰です。
すでに病原体は消滅している後遺症としての症状なので、深刻な病気がないことを説明したうえで、自然に治まるのを待つか、対症的な治療で経過をみればいいのですが、早く苦痛から逃れたい患者さんにはとても納得できないかもしれません。
そんな場合は重大な疾患の見落としも考えて、力不足を反省しながら専門病院への紹介書を書くことになります。
40 年前、臨床研修を終えて大学の医局に入ったとき、生涯の師と仰ぐ R 先生に出会いました。
先生は多忙な医局長業務の合間に、咳と痰の研究をされており、説明されることも同意することもないまま、痰の研究に加わることになりました。痰か! 素敵なものではないだけに、大学で何の研究をなさってるの?などと聞かれた時の対応が頭をよぎりくらっとしましたが、先生はそんな心の
乱れに気づかれることもなく、次から次へと文献のコピーや資料を持ってこられました。咳、咳嗽、Cough、Husten、痰、喀痰、Phlegm、Sputum !
それでも一度、研究とは関係ない古ぼけた写真のコピーをもってこられ真ん中の人物を指さして、体力なら僕だね、と言ってにっこりされたことが
ありました。
無知でその時初めて知ったのですが、その人物こそ近代宗教哲学界の巨星、清沢満之。
肺結核に侵された痩身の満之が右手に数珠、左手に痰壺をもって端坐している写真でした。
そういえば痰の入った試験管を片手に、研究室をあちこちするR先生は病気知らずの熱心な仏教徒で、そのポケットには常に数珠があることを思い出して納得した覚えがあります。
研究は面白く、いつの間にか痰が忌まわしいものから愛しいものにみえる境地にまで達していたのですが、動物実験に馴染めず、診療専念を志し
て飛び込んだのがエスエル医療グループでした。
あれから 30 年、いまだに咳と痰はべったりとついて回っています。
自身、咳が出るタイプなので、咳を訴えられる患者さんの前で咳が出て止まらなくなり、患者と医者の立場が一気に逆転したことがこれまで何度
かありました。当然患者さんにはがっかりされ呆れられたのですが、最近、大丈夫ですか?お大事に、と労わられ励まされたことがありました。
まことに情けなく恥ずかしい次第で、古希を間近にして咳・痰を治める道はいまだ半ば、待合室から聞こえてくる痰がらみの咳の音が、患者さんのまだ治らない!という落胆と叱責に聞こえる毎日です。
関連する診療内容:

