- 2026.8.3
- 中川内科
- 投稿者:院長 中川 順市

日本人の死亡原因の第1位は“がん”であり、今や2人に1人が“がん”に罹患し、3人に1人が最終的に“がん”で亡くなる時代になりました。
但しこれはあらゆる臓器に生じた“がん”による死亡を総合した統計であり、単独臓器別に見ると、死亡原因の第1位は心臓疾患となります。
しかし、心臓疾患の中で死因として多いのは、心臓自身を栄養する血管(冠動脈)が詰まっておこる心筋梗塞であり、決して心臓の“がん”ではありません。
でも、“がん”は“色々な臓器に生じる治りにくい病気”のイメージがあることから「心臓にも“がん”があってそれが死亡原因になることも多いのでは?」と思う方もおられるかもしれませんね。
しかし、心臓自身が発生の源となる“がん”は極めて稀なのです。
“がん”は一般的には悪性腫瘍に対する呼称として用いられますが、医学的に厳密なことを言いますと、筋肉組織に発生する悪性腫瘍は、“肉腫”と呼ばれるため、大部分が筋肉組織でできている心臓において発生する悪性腫瘍は、その殆どが心臓肉腫(50~75%)です。
また、心臓に発生する腫瘍自体が、良性のものを含めても少なく、亡くなられた方のご遺体を解剖して偶然見つかる例も、全体のわずか0.02%であると報告されています(1930 年~1990年の集計より)。
心臓が原発(発生の源)である悪性腫瘍が極めて稀である理由に、
①心臓の筋肉細胞は非常に再生しにくいので、“組織が再生される中で生じる遺伝子異常”が原因の一つとなる“がん”は非常に出来にくい。
②心臓は他臓器に比べ高温になっている(一説によると40℃くらい)ので、高温に弱いがんは出来にくい。
という仮説がありますが、心臓の悪性腫瘍自体が稀であるが故に、未だ、理由についての充分な解明はされていないようです。
心臓の検査方法の中に心エコー(心臓超音波)検査というものがあり、これによって心臓が動いているのをリアルタイムでみることができるのですが、これは、動きだけでなく形や質まである程度みることが可能です。
当然、心臓腫瘍もこの検査によって発見することはできるのですが、私は20年以上循環器医としてこの検査を行っていますが、自ら発見した心臓腫瘍は1例のみ、しかもそれは良性の心房粘液腫であり、悪性の“肉腫”に出会ったことは一度もありません。
私が心エコー検査を行っている時に、患者さんの中で懸命に動いている心臓を見ながら時々思うことがあります。
それは、心臓があたかも、私たちの中に住んでいる“もう一人の存在”のように思えるということです。
心臓は、1日に10万回以上も自らの力で拍動し、持ち主である私たちの意志とは関係なく動き続けています。
当たり前のことですが、休んだりする事はできません。
また、たとえ心臓だけを取り出し、体や脳と切り離された状態にしても、血液に似た成分の栄養液を、心臓自身を栄養する “ 冠動脈 ”という血管に送り込んでさえやれば何時間も動き続けることができるのです。
心臓は、私たちが母親の身体から “おぎゃあ” と生まれる前からすでに動いており、そして、生まれた後も、まさに文字通り一生・懸命に動くことにより、血液を全身の臓器に送り続ける、所謂ポンプの役割をしてくれています。
そして、他の臓器のためには自ら直径約3~4cm(センチ)の太い血管を用意し、収縮と拡張(伸び縮み)を繰り返して、毎分約5リットルもの血液を送り出しますが、自分自身にはたった直径3~4mm(ミリ)の細い血管(冠動脈)3本で栄養しているだけなのです。
そのような状況で、他の臓器、そして私たちのために一生動き続けてくれているのです。
なんという崇高な「利他心」の持ち主なのでしょう。
「利他心」とは、辞書を引くと「他人の利益を重んじ、他人が利益を得られるようにと振舞おうとする心」とありますが、他者のために一生懸命何かをしてあげる際、もしその裏に“自分もしてもらいたいから”“認められたいから”という思いがあった場合、これは「利他心」とは言わないようです。
「利他心」は見返りを求めずに他者のために尽くす無償の愛に喩えられます。
“がん”に関する学問の一つに「精神腫瘍学」というものがあり、その中で“(過剰な)義務感”、“やらされ感”、“人間関係”、そして “ストレス” は、“がん”の原因としてしばしば挙げられています。
またストレスは「自分の“当たり前”とのギャップ」とも言われます。
他者のために尽くすことは良いことですが、それに見返りを求め、さらに“返ってくるのが当たり前”と思っていると、それが返ってこなかった時、多大なストレスとなるでしょう。
また過剰な“義務感”や“やらされ感”も心を疲れさせます。
ここからはあくまでも私のイメージですが、私が、心エコー検査において健常な心臓を見ていて感じることの一つに、「心臓は決して見返りを求めて他の臓器や私たちのために動いているのではない」ということがあります。
心臓は人という大きな存在の中で自主的に一生懸命動くことで自らも生かされ、そのことが結果として他の臓器や私たちの為になることを知っているようにも感じます。
そしてそこには“自分が動かねばならない”とか、“やらされている”というような「義務感」や、「やらされ感」もないのだろうとも感じました。
そのような感覚の中、先の「心臓の悪性腫瘍が極めて稀である理由」を考えたとき、まるで禅問答のようですが、私の中にはふと「心臓には利他心があるから」という答えが浮かんできました。
「外側には求めない、しかし与えるという心」=利他心、
私は、このような心の持ち方を心がけることにより、よりストレスの少ない人間関係の構築、コミュニケーションができるのではないかと考えました。
現実にはそのような心の持ち方を続けることはなかなか難しいのですが、それが、がんを遠ざけることにつながるのではないでしょうか。
がんを予防しながらストレス少なく生きるために“心臓のように生きたい”というのが、私のひそかな思いです。
(エスエル医療グループニュース No.139 2015年8月)
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