秋田犬の話



秋田犬(あきたいぬ)と供に暮らして約 50 年になります。
最近ではロシアのプーチン大統領やザギトワ選手も飼い始め、やや有名になった犬種です。

秋田犬の歴史は比較的新しく、昭和2年に日本犬として初めて特別天然記念物に指定されました。
闘犬の好きな秋田の藩主がより大型で強力な犬の作成を目指し、マタギ犬(猟犬)にマスチーフなどの大型洋犬との交配をしましたが、土佐闘犬には一度も勝てませんでした。

私の子供のころの秋田犬は最近の犬よりも大型で顔つきも野武士のような風貌で、近寄りがたい雰囲気がありました。
最近の犬はかわいい顔をした大型愛玩犬のようです。
でも闘犬の血は流れているようで、新聞などに犬が噛んで怪我をさせたという記事の大半は秋田犬だったように思います。

私が小学生の頃に父が秋田犬保存協会の理事の方からゆずってもらった犬は秋田犬の基礎を築いた名犬“雲馳”の孫犬でした。
雌でありながら 40kg を優に超える堂々とした体躯でした。

当時犬の散歩は近くの学校の校庭に行ってリードを離し、好きなところで遊んで来いといった現在では信じられないような方法でした。
同じように校庭に犬を離す人もいて犬同士(飼い主同士)でトラブルを生じることになります。

ある時父が散歩をしていると、校庭で大きなジャーマンシェパードを離す飼い主に遭遇し、“怪我したくなかったら犬をつないでおけ”といわれたそうです。
大事な犬にもしものことがあるとまずいと思って、しぶしぶつないだそうです。
後日譲ってもらった方に事情を話し、非常に悔しいと言ったところ“秋田犬がシェパードと喧嘩して負けたなんて聞いたこともない。かまわないので犬を放してやりなはれ”といわれました。
その後シェパードと遭遇し、離したそうです。
勝負は一瞬できまり、シェパードが逃げて行ったそうです。
血の気の多い父の喜びはかなりのものでした。

この犬が子犬を5匹産んで庭を駆け回る日々が続きました。
学校から帰ると丸っこい体の子犬が、まりが弾むように転がるように徒党を組んで駆けてくるのはたまりませんでした。
まさに至福の時間でした。

その後神奈川の大学に勤務した折、引っ越しした家に泥棒に入られました。
(警察によると引っ越し間際の家は泥棒に狙われやすいそうです。)
頭にきた私は早速神戸の実家に電話をして泥棒よけに秋田犬を送ってくれるよう手配を頼みました。

しばらくして虎毛の秋田犬の子犬が届きました。
虎毛は喧嘩っ早い個体が多いタイプです。
泥棒に一泡食わしてやろうと手ぐすねを引いて待ってましたが、その後現れませんでした。

熊五郎と名づけ代々名跡が受け継がれ、今は4代目です。
2代目は雑誌に、3代目は新聞で紹介され、近所で有名になりました。

名古屋で家を新築した際は犬が快適に過ごせるように土間を広くしました。
一日中そこでゴロゴロしています。
時々庭に出て車庫の上から見張りをしています。
4代目は家族以外には全く懐かず用心深い性格です。
朝晩の散歩は家内ではできないため、私がやっています。
食事はドッグフードに肉や野菜を煮込んだおかずを加えます。
これも私が3-4日分まとめて作っています。
私の料理の腕は名人級でいささか腕がもったいない気もします。

秋田犬はあまり食事に関しては貪欲ではなく、気まぐれなため食事に苦労することもあります。
柴犬の食べ物に対する貪欲さと対照的です。(柴犬も2代飼っていました)

秋田犬を専門に扱う店の主人と話しをした時に、店の看板犬は焼き魚は食べるが煮魚は食べないそうです。
ある日煮魚を与えるとプイとよそを向いて、石ころを煮魚の上に乗っけて抗議したそうです。
思わず笑えてきました。

4代目熊五郎は肉は勿論好物ですが、魚も好きで、特に鮎は大好物です。
鮎釣りに行って釣った鮎の塩焼きを食べていると欲しくてたまらんという顔をします。
代々熊五郎は鮎が大好物なようです。
おすそわけの鮎を実においしそうに食べます。
また卵やバターの含有量の多いパンやお菓子は大好きですが、卵やバターの少ないお菓子は匂いを嗅ぐだけで食べません。
仕方なく私が食べます。

一度ぐらい洋犬できればマスチーフ、マスチーフが無理ならレオンベルガーを飼ってみたいとたまに思うこともありますが、秋田犬大好きな家族に反対されそうです。
体力のあるうちに仕事を辞めて、自然豊かな田舎で秋田犬に囲まれて、釣り三昧の生活を夢見ています。

(エスエル医療グループニュース No.152 2019年8月)

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