- 2025.12.1
- すぎやまレディスクリニック
- 投稿者:院長 杉山 正子
何回目かの「これが最後ですよ」宣言の HPV ワクチンキャッチアップ接種が本当の終わりに近付こうとしています。2010 年に始まった子宮頸がん予防のための HPV ワクチン接種事業では、3年間で 12 歳~16 歳の対象年齢女性の 70%が接種を受けました。
世界でもトップクラスの接種率でした。
しかし、2013 年国の積極的勧奨は、重大な副反応の報告のため突然打ち切られます。
空白の9年間の始まりでした。
1.日本におけるワクチン
いつの時代もどんなワクチンも、その有効性と副反応について賛否が分かれ論争が絶えません。
日本のように医療へのアクセスが良くて、すみやかに希望する医療機関で希望する医療が受けられる環境では、ワクチンで予防しなくても病気にかかってから治療すればよいという慢心があり、ワクチン接種へのモチベーションが低下しがちです。
接種したら一定の割合で副反応が起こるワクチンなどとんでもないと考える人もいます。
ワクチンは確かに 100%安全なものではなく、不幸にも命を落とす方もありますし、後遺症が残る方もあります。
だからこそ、私たちはワクチン接種における不測の事態に備える対応をたくさん学び実践してきました。
AED や人工呼吸器の設置、救命センターとの連携、マンパワーの確保、接種後の十分な安静と観察、等々。
不幸にも起こってしまった不測の事態に関してはその情報を精査し共有して次への教訓としてきました。
2.新型コロナウイルスとワクチン
コロナのパンデミックは私たちにワクチンの重要性を再認識させてくれました。
コロナのワクチンを経験したことで HPV ワクチンが受け入れられやすくなったように思います。
16 年前初期の定期接種では、筋肉注射によるワクチン接種が初めての上に、痛みが強かったのも確かです。
強い痛みは、一部の方には痛みに対する反応が全身症状となって現れ、四肢の痺れや麻痺・記憶力や意欲の低下といった症状を引き起こします。
複合性局所疼痛症候群と呼ばれる症状で外傷や痛みを伴う病気の時にも見られるものです。
当時、他のワクチンと同様接種後の鎮痛剤の使用には積極的ではなかったため、より痛みを強く感じたかもしれません。
多感で感受性の強い思春期の女性が対象であったことも不安を強くした可能性があります。
3.空白の9年間におけるワクチンの歩み
この9年間に多くの研究がなされ、論争があり、国や個人に向けた訴訟があり、加えて副反応に苦しむ方たちへの治療と支援と救済が行われました。
新しいワクチンの開発も進みました。
結論が出たものも出ないものもありますが、以下のようなことが共有された認識であると考えます。
・副反応としての種々の症状は複合性局所疼痛症候群のように他の原因でも起こりうるもので HPV ワクチンに特有のものではない。
・ワクチン接種後の痛みや発熱は、積極的に鎮痛解熱剤を使用する。
・副反応・後遺症に関しては各地域に専門の医療機関を設け、積極的に対応に当たる。
実際愛知県では大学病院や総合病院で 11 施設に対応していただき適切な治療を速やかに行っていただいています。
・「名古屋スタディ」と呼ばれる、名古屋市立大学公衆衛生学の鈴木貞夫教授の研究では、ワクチン接種者と同年代の非接種者を比較して、副反応とされる症状の発症率に差がなかったとされており、ワクチン以外の原因でも起こる症状である。
一方、この空白の9年間にワクチン接種を積極的に進めてきた国からは、子宮頸癌の発症率の低下や前癌病変の減少が報告されており、日本は先進7か国の中でダントツに高い発症率となっていました。
WHOは「対象年齢の 90%がワクチン接種を受け、70%が適切な検診を受け、必要な人の 90%が適切な医療を受けることで子宮頸癌を撲滅できる」という数値目標を掲げ、加えて HPV ワクチンの安全性を強調しています。
4.キャッチアップ接種
以上の経過の後、2021 年に国は再び積極的勧奨を表明し、定期接種に加えて、9年間に接種の機会を逃した世代(1997 年4月~2008 年3月生まれ)も無料でワクチン接種を行う方針としました。
これをキャッチアップ接種と呼び、当初の予定では 2022 年4月~2024 年9月を初回接種期間と定めましたが、ワクチンの供給が不足した事態もあり、2025 年3月までに延長され、さらに2回目以降の接種に限って 2026 年3月までに延長されて現在に至ります。
さてこのキャッチアップ接種でどのくらいの方が接種されたのでしょう。
厚労省のホームページでは 2024年9月までのデータしか報告されていませんが、13年前に 70%が接種した世代(25 歳~27 歳)では今回14%増えて 84%、その他の世代(17 歳~24 歳)では35%、全体の平均では 49.5%の接種率となっています。
2024 年 12 月の JAMDAS(日本臨床実態調査)のデータでは、70%接種世代が 86.6%、その他の世代が 43.9%と延長期間前半で特にその他の世代の増加がみられています。
様々な理由で接種機会を逃してしまった方が、延長宣言に背中を押されて駆け込み接種を受けた可能性があります。
この勢いですと、最終的には 70%世代が 90%に、その他の世代が 50%に到達するのではないかと期待しています。
もう一つの明るい話題は 2008 年度生まれの 16 歳世代がこれまでに 57.1%の接種率を記録したことです。
定期接種最後の年齢であり、2026 年度からはキャッチアップ事業はありませんから、今後接種を希望した場合9万円~10 万円の自己負担となり、
切実な問題でした。
5.さいごに
当院でも多くの若い方たちが接種を受けられましたが、ほとんどの方は怖がらず痛がらず堂々と受けていかれました。
接種後失神したり、筋膜炎を発症した方もおられましたが、前述した専門協力機関のサポートを受けて大事に至らず回復されました。
この間当院では休日に薬品保管庫の電源が切れて、貴重なワクチン6本を廃棄するという事態があり、社会的責任として大きな反省点ですし経済的損失として痛みを伴いました。
これが狂騒曲と名付けた標題の所以です。
キャッチアップ接種は 2026 年3月で終了しますが、12 歳~16 歳の定期接種は続きます。
不安があったら少し上の世代の方に聞いてみてください。
二人にひとりは接種を受けていて、「大したことはなかったよ」と答えてくれると思います。
お知らせが届いたら忘れないで接種を受けてください。
(エスエル医療グループニュース No.170 2025年8月)
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